朝焼けの色


 あそこにあるのは私の手。
 ああ、あっちは足だろうか。
 メガネは……無事のようだ。遠くに飛んでしまっているが、レンズにひびは入っていない。
 では、あれは僕の体。
 置物のように横たわっている。
 そんな様子を、離れたところで、傾いた視界で見ていた。
 切り離された首で深々とため息をつく。
 ここまでばらばらにされたのは久しぶりだった。
 息にこめられたのは、呆れや諦めだけではない。
 もっと、比べ物にならないほど熱い感覚がある。
 
 それに身をゆだねながら、僕は意識を手放した。

 その人が目を開けた時、思わず身を引いてしまった。
 目が、赤かった。
 しかし見間違いだったらしい。
 その人が何度か瞬きをするうちに、普通の色に戻っていた。
 朝焼けの光でも反射したんだろうか。
 畳も布団も赤く染めるほど、今日は朝焼けが強い。
「ここは……?」
 額を押さえながら、その人が起き上がる。
「よかった。目が覚めた」
 知らない人だが、やはり無事でいたらうれしい。
 思わず顔がほころんだ。
「君、公園に倒れていたんだよ?」
 とりあえず状況を説明する。
 夜、公園に倒れていたこと。
 外傷は何も無かったが、制服はぼろぼろだったこと。
 メガネが落ちていたから、とりあえず拾っておいたこと。
「ありがとうございます。このメガネは大切なものなので」
 早速、枕元においておいたメガネをかけた。
 無表情だが、どこかうれしそうな気がする。
 家はどこかと聞こうとしたとき、彼がポツリとつぶやいた。
「お腹が空きました」
「? ああ、ちょっと待ってて。何か持って……」
 立ち上がろうとした時、腕をつかまれた。
 そして、信じられないほどの力で引き倒される。
 気がつけば布団の上で、馬乗りにされていた。
 抵抗して暴れようとするが、なぜか振りほどけない。
 力も体重も、それほどあるように思えないのに。
 混乱しているのか、何も考えられない。
 何が起こった?

「あなたを食べても、いいですか?」

 目が、赤い。
 朝焼けよりも赤い。
 血の、色。
「返事が無い、ということは、了承ということでいいですね」
 顔が近づく。

  首に。
   痛みが。
    赤い。
   血。
       粘つく音。
 折れる音。
     引き裂く音。

  ぐちゃり
         べちゃ
 ばり
   ぼきり

  寒い。
        熱が広がる。
 ああ、これは。
  血の。

              
            
      
             
    



 
 雨が降っていた。
 朝の天気のよさがうそのような、激しい雨だ。
 主のいなくなった家に漂う匂いを洗い流すような。
 布団に残った赤い染み。
 残っていたのは、それだけ。

 ああ、おいしかった。